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言霊使い

 投稿者:管理人  投稿日:2008年 2月23日(土)08時47分35秒
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言葉や文字には力がある。
古来より、時の権力者たちは、言霊の力によって人心を掌握し、時世を思うがままに支配してきた。
かつて文字は、特権階級のものであり、本当に霊力を持った文字の使用は、一部の者だけに預けられ、管轄されてきた。
漢字をだれがつくり、言葉の意味を、だれが決めてきたか。
言葉を統べる者は、物であれ、人であれ、すべての在りようを制するのだ。

特に名前だ。
本来、名前を知られるということは、「相手に取り込まれること」を意味する。
霊力のある者が名前を呼べば、相手を意のままに操ることも不可能ではない。
だから、悪意のある者や、人外の妖怪変化に本当の名前を知られないように、
『忌み名』と呼ばれる秘密の名前を付ける風習があった。
『忌み名』を呼ばれたら、決して返事をしてはいけない。
言霊の力をあなどるなかれ。

これは、俺が親父から、耳にタコが出来るぐらい聞かされた話だ。
親父は書道家で、子どもの命名をする仕事もしているぐらいだから、言葉に対してはとにかく造詣が深い。
小さい頃から書道を叩き込まれ、文字の書き方だとか言葉遣いだとか、うるさく言われてきたもんだから
俺自身は、けっこう、うんざりしていて、今でも芸術家のうんちくは話半分に聞き流しているが、
子どもに名づけをしてもらった親が、やれ名前のとおり音楽の好きな優しい子になりましたとか、
ほんとに活発になって今度の地区大会で優勝したんですよとか、改名してもらってお金が貯まるようになりましたとか、
感謝の声が絶えないし一部でかなり評判になってるので、まあ、あながち嘘ではないのかもしれない。
俺はそんな親のもとに生まれながら、霊感みたいなものがないから、生まれてこのかた、オカルトな体験なんて一度もしたことがないし、
そういうものはふつうに半信半疑なのだが、人を自由に操るほどの力というものが存在するなら、当然、手に入れてみたいと思う。

で、俺はちょっとしたイタズラ心を起こして、親父の部屋から、命名するときに使う特別な紙と筆を、こっそり持ち出してきた。
本当にそんな力があるんだったら、俺の野望をかなえるべく、目の前で奇跡を見せてもらおうじゃないの。

俺は窓際の席に目をやった。
三年間、同じクラスにいて、挨拶程度にしか喋ったことのない伊原隆人。バレー部のイケメン、俺の憧れの男…。
近づこうにも根暗の俺とは対照的で、ノリが違って、入り込む余地がまったくなかった。
やつの周りもさわやかで、この学校の女子たちの人気は、大体あの一団に集中している。
その中でも、隆人は、ひときわ輝いていた。


-- 隆人を俺のものにしたい!!


だれかを支配下にできるというのなら、隆人をおいて、他にはなかった (当面のところ)。

俺は周りに気づかれないよう、カバンから半紙を取り出し、教科書を前に立てて、筆巻きを横に置いた。
幸い一番うしろの席なので、背後からのぞかれる心配はない。教師もさっきから黒板を向いてずっと喋っているだけだ。
横が居眠りしているのを確認してから、筆巻きを静かに開いていった。
と、俺は、思わず、のけぞった。

筆巻きの中から、胴も、毛も、塗りつぶしたように真っ黒な、妖怪のような筆が現れた。
柄の部分には、いかめしい装飾がしてあって、二対の黒龍がたがいに絡まりあいながら毛先を睨みつけている。
軽々しく持てないような気迫に満ちていて、全身から禍々しい妖気を発していた。
ふつうの筆巻きに見えたその内側には、なにやら物物しいお札が、びっしり貼り付けられていた。

こ、こんなものが、家にあったとは…。
適当に、焦って引き出しから持ってきたから、よく見なかったけど…。

俺はしばらく固まったまま、その筆を眺め、もう一度あたりを見回し、息を詰めて、ゆっくり筆を手に持ってみた。

するとその瞬間、俺の全身からエネルギーが吸われていくような衝撃が走った。
やがて黒龍の眼がギラギラと光り出し、どんどん、輝きを増していくように見える。


-- だ、大丈夫か、これ…!? なんかヤバそう…。
   は、はやく書かないと…!


…しかし、なんて書けばいいんだろう。

命名のとき、親父は白装束を着て、いかにも儀式めいた調子で腕をふるっていた。
なんか決まりどおりにやらないといけないんだろうか。

ま、いっか、実験だから。
てか、はやくしないと、ほ、ほんとに体力が奪われていく…!


-- 伊原隆人の忌み名は、「奴隷の隆人」


俺は単刀直入にそう書いた。
「隆人は俺の奴隷」とか「操り人形」とか書けば良かったのかもしれないが、
命名するというイメージが先にあって、そこまで頭が回らなかった。
書いたあと、墨を付けていなかったことに気がついてハッとしたが、半紙の上には、真赤な文字が毒々しく光っていた。

すぐに筆を置き、一息をつく。だれも、なにも気づいていないようだ。
どきどきしながら窓際の席を見た。隆人は退屈そうに、窓の外を眺めている。
特に変わった様子はない。ビクンとするとか、目が光りだすとか、そういうのもない。

やっぱ、そんなことあるわけないか。
まあ、でも、忌み名を隆人に言ってみないことには。

しかし、この筆。この文字。
まさか、ほんとに…。

授業が終わり、俺は隆人に忌み名を言うチャンスを探していた。
だが人気者の隆人は基本的に孤立するということがないので、まったく機会が訪れないままやつは部活に行ってしまい、
業を煮やした俺は、準備体操中に、こっそり体育館の隅に置かれたやつのバッグからシューズを奪って、教室に戻った。
数十分後、案の定、ユニフォームを着た隆人が、シューズを探しに教室に現れた。

「おす。 あれ? お前、なにしてんの?」

「いや、図書室いって、いま帰ろうとしてたとこ。伊原くんは?」

「ちょっと、忘れ物とりにきた」

そう言って、隆人は自分の机やカバンをごそごそやりだした。

俺はここにきて迷いだした(なにをやろうとしてるんだ俺は)
が、意を決して、隆人に言った。

「なあ、奴隷の隆人」

「…? え?」

「…奴隷の、隆人くん」

「は…? 大丈夫か、お前?」

隆人は不気味そうに、まじまじと俺の顔を見つめている。
やばい、言ってしまってから、猛烈に後悔した。いやな汗が流れてきた。
俺の高校生活、終わったかもしれん。

「ど、奴隷の隆人!! 返事しろ!!」

俺はやけくそになって叫んでいた。
だれもいない教室に俺の声がこだまする。

「なんだよ!! 奴隷って、お前」

そう言った瞬間、隆人の体が電気が走ったようににビクンと弾み、
眉を寄せていた顔が引きつったかと思うと、瞬時にまじめな表情になり、
肩をこわばらせ、胸を張り、両手をしっかり腿につけて足をそろえ、
まるで軍人のように、背筋をぴんと伸ばして、俺をまっすぐ見つめた。
そしてなんと、隆人の額に「操」という漢字が紅く浮かび上がった。

は…、ま、まさか…。
俺は混乱した。や、やった!という思いと、そ、そんなバカな!という思いが入り乱れた。

その時、尻に激しい熱さを感じて手をやると、ポケットに突っ込んでいたあの筆巻きがあたった。
取り出したが、あまりの熱さに手を離してしまい、床に転がり落ちると筆巻きが開いて、禍々しい筆が飛び出した。
大きく弾んで、そのまま宙に浮き、妖しい光りを放ちながら、俺と隆人のあいだを浮遊する。
隆人は目線を漂う筆が眼中にないかのように微動だにせず、凛々しく従順そうな顔つきで(しかしそのまなざしは淀んでいる)
俺を、真剣に見つめている。

「お、おい」
「はい!」

胸を弾ませてすぐ返事が返る。ほんとに軍人だ。イメージどおりすぎる落ち様と、隆人の変貌ぶりに驚く。
俺は急いであたりを見回した。だれもいない。
そして教室のドアに内鍵をかけ、窓のカーテンも閉め、廊下側の窓からも見えない死角を見つけると、隆人に言った。

「ちょっと…、こっちにきて…」
「は!」

俺たちと一緒に、筆もついてくる。
この筆…。

教室の死角に寄って、俺と隆人は30センチぐらいの距離で顔を付き合わせた。

あらためて、隆人の全身をながめる。
ふだん遠目にこっそりと、あるいは近づきざまにちらっと盗み見るぐらいだったあの伊原隆人が、
こんなにも近く、こんなにもずっと、目の前にいる。

身体つきも、ユニフォームも、男らしく、かっこいい。
がっしり気をつけをした姿勢の太い脚、腕がたくましく、そこに毛が生えているのが見え、勇ましく、
胸の張り、ひろい肩、そして顔。こんなにどきっとする顔があるだろうか。見れば見るほど惚れ惚れする。
隆人もじっと俺を見返す。いや、さっきから、ずっと真剣に俺の顔を見つめ続けている。

そのまま、ゆっくり、近づき、肌に感じる隆人の熱が徐々に濃くなり、隆人の呼吸が顔を撫で、唇を吸う。
柔らかい。直立不動の隆人の背中に手を回し、筋肉の硬さに感動しながら、しばらく全身で隆人を感じ、
1分、2分、顔を離して息を継いだ。

隆人はじっと俺の目をみつめ続けている。隆人の背後で、妖気を放った筆が浮いている。
隆人の額の文字と、妖気の輝きは共鳴しているようだ。
俺は隆人の顔と、「操」の字を交互に見つめて、言った。


「服を脱げ」
 
 
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