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安心を求める

 投稿者:仏陀の弟子  投稿日:2009年11月 5日(木)17時18分13秒
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  世の中の、サラリ−マンの方々それぞれが余程ご修行されている。
お山に行くだけの安居歴より。禁戒より自己が護れるか否かが寛容。
暴力をふるわれて、在った、無かったより。自己が護る精進、するかしないかが肝心。

「修行」には「卒行」がない。終わりのない行を修めるのが修行である。
葬儀社にリベ−ト払い、こつこつと数を増やして、
年忌に行かない、葬儀以外は出ない様になる布教師様。

葬儀社に組合を作り、日々葬儀のみを執り行う宗務所職員様お忙しい事でも。
一檀信徒や社会から求められる佛弟子として、しなければならい事が在る。
「一箇半箇」人の半分であっても、一人前に匹敵する存在。それが「半箇」である。

僧侶として人々に按針を示して、佛の戒めを説く事である。
自分自身が点し続けていかなければならない、法の戒めを護る事である。
そのための僧、お仲間を廻らして、僧の戒めを共に育む事である。

臨んで産まれる時より有り難いご縁に、僧侶の命を宿していただき、
己が進んで選んで、生まれてきたであろうこの道を、佛道を。
親や、周りの宿縁によって継がされる、跡を任されると、

勘違いしない様にしていただきたい。
佛道を求道するもしないも、己が徳行に係わっている。
もう、そろそろ本題に戻しませんか。
 
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