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悲しい言葉が続いていますが

 投稿者:匿名一地方副住職  投稿日:2009年11月 1日(日)18時51分37秒
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   暴力による指導は、いまさらながらいうまでもなく認められる余地がないことは明らかです。過去に過ちが起きたこともありますが、現在は宗門をあげて反省し、人権尊重の僧堂教育に本山をはじめとする各僧堂で努力を積んでいるのが現状です。

 地の声師の書き込みは、そうした各僧堂の担当者や役寮の努力を一蹴する失礼千万な内容だと思います。現場をどれだけご存じなのでしょうか。もし現場の苦悩を少しでもご存じなら、とてもあんなことを書けないと思います。実践者を理念や観念で否定するのはたやすいことですが、仏教者たるもの、いまだ未熟ではあっても理想に向かって努力している者を軽んじたり誹謗したりすることは許されません。
 一体、どこの僧堂が暴力主義だというのでしょうか?いまどきそんな僧堂があるのなら具体的に名を上げてほしいものです。(上げようにもないですから)

 風林火山八王子氏がおっしゃることは、一般論としてはまったくその通りだと思うのですが、修行道場で暴力事件が起きてしまった場合、当然僧堂や役寮にも監督責任がおよぶことを十二分に承知した上で、そうならないように万全の指導を行っているのが現状なのです。
 それを、あたかも対応が不十分で、責任逃れをしてみてみぬふりをしているかのように捉えられてしまったのでは、現場で努力している大勢の関係者がかわいそうです。

 そう感じたからこそ、 智(慧)の声 師は異論を書き込んだのだと思います。
断言しますが、現在の各僧堂では暴力は一切否定しています。

 ただ、それでもなおかつ大勢の修行僧が集まる道場では、間違いが起きてしまうことがあるのです。これは道場に限らず、一般社会でも同様だと思います。
 それが全くなくなるように願っていますが、なかなかすぐにそうした理想の状態には達しないのは悲しい限りです。(あきらめているわけではありません)


また、万が一修行僧同士で暴力事件が起きたとして、それをなんでもかんでも「組織の責任」に結びつけるのはどうかと思います。管理責任の範囲内であれば、どの僧堂のどの役寮でも、しっかり修行僧を見守っているでしょうが、得てしてそういう事件というのは、しっかり監督していてもわからないように行われたり、突発的に発生するものです。

 もちろん、それでもなおかつ役寮の管理責任や僧堂の責任は発生するし、責任逃れを推奨するつもりはありませんが、それにしてもその責任の全てを負わせるかのような風潮は、私は疑問を覚えます。

 もし、暴力が日常に行われているのを知っていて見ぬふりをしていた役寮がいたら、それは当然管理責任を問われるべきだと思いますが、日頃から暴力禁止をしつこいほど口にしていたのに、寮内の修行僧が暴力事件を起こしたとしても、役寮の責任だというのでしょうか?
 私にはそれは役寮に対する過度な責任追及であり、けっして良い結果を生まないと思います。

 すでに随分昔から、学校教育の現場では、生徒が教師を敬わない、授業中にゲームをしたり雑談をしたり・・・という学級崩壊が問題になっています。それはさまざまな原因があるのですが、その一つに、「過度な平等主義」の弊害があるのではないでしょうか。

 決して、階級社会や封建主義を美化するつもりはありません。しかし、教師と生徒の間には、しかるべき立場の違いがあって当然だと私は思います。(身分ではなく、立場の違い、とあえて申します)

 それが近年、僧堂にも蔓延しつつあるのは現場役寮諸師から伝え聞くところです。
監督責任も指導もなにも、それ以前の状態の修行僧も現実に存在するのです。人の話を聞かない・周囲との和を考えない・やる気がまったくない者を、どうやって導けばよいのでしょう?

そんな中で、役寮諸師は精一杯頑張っていると思います。まさに滅私奉公の血と汗をながしておられる現場の役寮さんを知っています。

 それなのに、風林火山八王子氏が書いた「また、修行僧を育成する方々は、自分自身をより高い世界で導かれることを望みます」などという言葉は、現場をご存じない方の、あまりにも慈悲心に欠けた悲しい書き込みに思います。
 死にものぐるいで頑張っている方に、その努力を知らない人が「もっと頑張らなきゃダメだ」とサラリと言っているようなものではないでしょうか。

 曹洞宗の現在のシステムでは、修行道場の役寮(指導者)は、全国の寺の住職の中から能力のある方が選抜され、任期の間自分の寺と修行道場を掛け持ちして成り立っています。
 どうしても自分の寺で法要や葬儀があれば、その間は寺に戻らなくてはなりません。そうした留守の間に起きた突発的な暴力事件などまで、すべて役寮の責任だといわれるのなら・・果たして役寮を引き受ける人がいるでしょうか。
 おそらく、よほど自分の寺が忙しくない方しか就任できなくなるでしょう。現状では、四六時中監督しているわけにはいかないのです。

 もし仮に、自分の寺と兼務せず、修行道場の指導役はそれ専門の方を育成し、終身修行道場で指導を続けられるようなシステムができれば、よりよき指導体制ができあがるかもしれません。(現実には難しい問題がたくさんありますが・・・)
 
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