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智(慧)の声さんの仰っておられる
>組織の体制が暴力事件を生み出す温床となっているのではなく、
>あくまでも一部の修行僧の志の欠如と意識の低下により生み出される負の事例なのでる。
と言う様に個人の資質の問題に逃げるのでは、根本的問題は解決しないと思います。
「暴力主義」を容認している社会など今の日本には無いと思います。
一般社会の中では、その様な場合の最終責任は、その組織とその個人にあると捉えられています。
(子供が起こした事案では、親の監督責任まで捉えられます。)
過去の裁判事例を見ても、その組織始まって以来初めて起きてしまって事例においては、
組織の管理体制を斟酌することは間々あるが、
何回も起きているような事例の場合においては、組織の管理体制の問題の方が大きく捉えられているのが現実社会であります。
また、修行中の暴力事件ではありませんが「いじめ」に似た人として恥ずべき行為は
一般人の私ですら今でも時に耳にします。
暴力事件はこれの延長線上にあると思います。
本来ならば、智(慧)の声 さんのお気持ちのように、そのような事は有ってはならないし、
有ってほしくないと思うのは当然の事と思います。
檀家の立場でも聞きたくもありません。
>宗門は一昔前の反省を踏まえ、今や本山や地方僧堂で暴力事件があった場合には、
>まず行政府である宗務庁への報告義務があり、
>決してそれらを隠蔽・容認するような組織体制にはなっていないはずだ。
と言うことは、過去であっても現実にその様な事案が多々有ったと言うことだと思います。
>また立法府の機能が僧堂査察を定期的に行っている現実もある
の箇所で、智(慧)の声 さんがいみじくも仰っている様に
>これが現実的に機能しているか否かの検討は為されるべきである
のように、本当に機能させることが大事だと思います。
子供社会の中で、いじめは社会問題でありますが、
それ以上に大人社会でのいじめは醜い物です。
子供たちはその様な事をよく見ている物と思います。
自分に自信が無いから、自分より弱い立場の人をいじめ自己満足にしたっている事など、
まだまだ修行不足の何者でもないと思いますし、
その様な事案を見過ごすなどもってのほかだと思います。
裁判沙汰などに成らない様、早く根本的問題を洗い出し、解決の道筋を立ててほしいですし、
安心して本来の修行の道で頑張って頂き、早く社会の役に立つ心の温かいお坊様になっていただきたいと思います。
また、修行僧を育成する方々は、自分自身をより高い世界で導かれることを望みます。
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