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田中総長時代撤回し総辞職
当局提出議案が承認されなかったのは、昭和57年(1982)2月の第52回議会。田中亮三宗務総長の時代である。
当時の永平寺系会派である同真会と同真会本部のみならず、田中総長の同真会本部内にも対立があった。
人権問題に関する規程制定案など重要議案があったが、予算案などに不備があると指摘され議会最終日の3月5日、田中総長は議案を撤回し総辞職した。
後任総長には総和会の伊藤治雄氏が選出された。
直ちに連立内局を組局し、同月末に臨時宗議会を招集して新年度予算が承認された。
田中氏は総長在位8ヶ月、後を継いだ伊藤氏だったが1年6ヶ月に終わった。
(出典、仏教タイムス)
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