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久しぶりに開きました。
本音を言えば、千代川師から「抹殺された身分」だから、書き込みは辞めていたのですが。
>「迎福寺を近代寺院のモデルプランの実験だ」
このことについて、私=大閑道人は、「ううむ」とうなったきりです。
まさしく、千代川師の豪語(本当は、「豪語」などではなくて、事実を正直かつ正確に申し述べた、というべきですが)の通りです。
これは、旧来の寺院経営(そして、布教の目的)の一大変革です。
ただし、これは、千代川師のような人材でないと着手できない。
※ 「千代川師のような人材」
1:経営とは何か、を身体レベルでわかっている人
2:同じような体質の人を「友人」として複数人持っている
3:檀信徒に対して、金銭的負担を強要しないでも別口でそれ相応のパトロン(この単語の真意は、仏教語でいうところの施主です、誤解なきように)を複数人持っている人。
→ 釈尊の時代でも、真の事業家は、経済的成功と道徳的評価の両方を得ていました。
私=大閑道人は、千代川師のモデルケースとしての実験を高く評価します。
その真意は、「それが出来る人が、そのリスクを背負って実現に向けてまい進している」という「事実」に、です。
ただし、これは、地方の、人口減少に向かう地域では、砂上の楼閣です。
都市圏の寺院経営として、理想のモデルとしてやっていただきたい。
そして、モデルケースに相応しく、(大都市圏の寺院に対して、していただきたいモデルとして)完成してしていただきたい。
同様に、地方中核都市の寺院経営のモデルを、私=大閑道人は、構築してみたい。
寺院経営のモデル、という観点で言えば、
条件状況が多種多様にあるので、参照事例は多ければ多いほどよい。
(ただし、選択を誤ると、その結末は悲惨だが)
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