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確かに今の檀家制度は、権力者にとって都合に良い、民衆把握の一手段であったかもしれません。
本来の仏教の目的は、お寺様の存続にあるのではなく、
仏法布教の拠点がお寺様であり、そこに集いし民衆が尊敬できるお坊様に出会える機会が持てる場所であり、生きる道標を示してもらえる場所(拠点)であったはずです。
しかしながら、せっかく修行をされたにもかかわらず事の本質を見極められず、
色々な方が投稿等でも仰っているように、「葬式仏教」に成り下がってしまっているのが現状だといわざるを得ない状況だと思います。
自分が今生きているのは、生物学的に考えてもご先祖様がいらしたからに他ならず、それに感謝することは大事なことだと思います。
人は自分だけでは生きていけず、人の役(家族の為も含む)に立ってこそ自己満足であっても喜びでもあり、生きる存在価値ではないでしょうか。
今は、当たり前のことが、あまりにも当たり前でなくなっているような気がしてなりません。
存在価値は、それを必要と思っている方にこそ、必要なのだと思います。
それこそ、一部のお寺さんであっても葬儀にかこつけて高額なお布施をせびるようなことが
まかり通っているから、本来の檀家が離れてしまうのではないでしょうか?
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